人間というものは、誠に不思議なものである。
二億ゴールドを貯めようとしている人間が、ゴールドを稼がずに経験値を稼いでいる。
私のことである。
土曜日と日曜日、私はほとんどドラクエ10を遊べなかった。
仕事とは別に、いろいろと予定が立て込んでいたのである。
冒険者にも事情がある。
世界を救う前に、現実の用事を済ませなければならない。
魔王は待ってくれるかもしれないが、現実の予定は、こちらの都合など一切考慮してくれない。
まったく、困ったものである。
ようやく月曜日になり、私は二十分ほどの自由を手に入れた。
二十分。
短い。
あまりにも短い。
しかし、私はこの時間を無駄にするつもりはなかった。
金策をするか。
それとも、レベル上げをするか。
二億ゴールドを目指す者としては、当然、金策を選ぶべきであろう。
だが、そのとき私の頭の中には、ある記事の存在が浮かんでいた。
経験値が、ものすごく稼げるらしい。
私は思った。
これは行くしかない。
二億ゴールドを貯める計画は、ひとまず脇へ置いておくことにした。
計画というものは、こうして少しずつ崩壊していくのである。
先日、私は次の記事を読んだ。
読んでみると、どうやら経験値を効率よく貯められるらしい。
しかも、ノーライフロードというモンスターを狩る方法が紹介されていた。
経験値が増える。
レベルが上がる。
キャラクターが強くなる。
素晴らしい。
これほど夢のある話が、ほかにあるだろうか。
いや、ある。
二億ゴールドである。
しかし、二億ゴールドは遠い。
遠すぎる。
一方、経験値は、今すぐ増えるかもしれない。
私は思った。
まずは経験値を稼ごう。
金策は、そのあとでよい。
このようにして、人間は自分の立てた計画を、自分自身の手で巧みに破壊する。
しかも、破壊した本人は、たいていの場合、それを前向きな決断と呼ぶ。
私もそう呼ぶことにした。
これは寄り道ではない。戦略的な方向転換である。
そう自分に言い聞かせ、私はノーライフロードのもとへ向かった。

作戦名は「なんとかなる」
狩場に到着した。
私は、いよいよ始まる大いなる経験値獲得計画を前に、静かに胸を躍らせていた。
しかし、ここで一つの問題が発覚した。
参考にした記事では、仲間モンスターのやみしばりを用意していた。
私は、用意できていなかった。
この時点で、すでに計画には重大な欠陥がある。
本来ならば、いったん帰り、必要な準備を整えるべきであった。
ところが私は、帰らなかった。
なぜか。
何とかなると思ったからである。
人間の歴史を振り返れば、「何とかなる」という言葉によって救われた場面も、数多く存在するに違いない。
しかし、同じ言葉によって余計な苦労を背負い込んだ人間も、きっと少なくない。
私は後者の仲間入りを果たそうとしていた。
準備不足。
時間不足。
経験不足。

不足という不足を抱えたまま、私は戦闘を開始した。

そして、死んだ。
普通に死んだ。
実にあっけなかった。
何か壮大な物語が始まる気配があったのだが、私の冒険は、敵の攻撃によっていったん終了した。
経験値を稼ぎに来た人間が、経験値を稼ぐ前に倒れている。
これは、いったい何の儀式なのだろうか。
私は画面を見つめた。
敵は強かった。
私も、ある意味では強かった。
自分の準備不足を顧みず、これほど堂々と突撃できる人間は、そう多くないはずである。
もっとも、冒険に必要なのは、そういう強さではない。
私は、経験値より先に、現実を突きつけられた。
二十分という名の戦場
しかし、ここで帰るわけにはいかない。
せっかく来たのである。
何より、私には二十分という貴重な時間が与えられていた。
この二十分を無為に過ごすことは、時間に対する冒涜である。
私は気を取り直し、再び戦い始めた。
戦う。
経験値が増える。
また戦う。
また増える。
その繰り返しである。
ときには危ない目に遭いながら、私は少しずつ経験値を積み重ねていった。
二十分という時間は、長いようで短い。
始める前には、何か大きなことができそうな気がする。
ところが、実際に始めてみると、準備をして、移動して、戦って、画面を確認しているうちに、あっという間に過ぎていく。
現実の二十分も、ゲームの二十分も、同じ二十分である。
しかし、自由に使える二十分というものは、どうしてこうも貴重なのだろう。
仕事をしているときには、時計を何度も確認する。
あと何分で終わるのか。
いつになったら帰れるのか。
ところが、好きなゲームを遊んでいるときには、時計を見ることさえ惜しくなる。
時間というものは、まことに不思議である。
私は、もっと戦っていたかった。
しかし、時間には限りがある。
私は二十分で切り上げることにした。
冒険者としては、いささか物足りない。
だが、現実を生きる人間としては、これもまた一つの決断である。
そして、数字だけは正直だった
さて、ここで本日の成果を確認しよう。
まず、開始時点の経験値。

547,020ポイント。
そして、二十分後。

2,378,004ポイント。
差し引きすると、増えた経験値は――
1,830,984ポイント。
二十分で、約183万ポイント。
これは、なかなかの数字である。
少なくとも、何もしていなかったわけではない。
ただし、私は効率のよい方法を完全に再現できたわけではない。
必要な仲間モンスターを用意できず、戦闘では死んだ。
それでも、数字は増えていた。
私がどれほど準備不足であろうと、どれほど立派な計画を立てようと、経験値は淡々と積み上がっていたのである。
数字というものは、実に正直だ。
こちらの事情など知ったことではない。
努力したからといって、必ずしも望んだ結果が出るわけではない。
だが、実際に積み重なったものは、確かにそこに残る。
二十分。
たった二十分。
それでも、1,830,984ポイント。
私はしばらく、その数字を眺めていた。
思っていたほど上手くはいかなかった。
それでも、始める前よりは、確実に前へ進んでいた。
まだ知らない世界がある
職業ごとの経験値を眺めていると、まだ育てたい職業がいくつもあることに気づく。

知らないことも多い。
できないことも多い。
今回のように、効率のよい方法を見つけたと思って飛びついてみたら、そもそも必要な準備が足りていないこともある。
ドラクエ10を始めて、まだ三か月ほど。
長く遊んでいる人にとっては当たり前のことでも、私にとっては初めて知ることばかりである。
だからこそ、面白いのかもしれない。
何も知らなかった頃には、知らないことにすら気づかなかった。
しかし、少しずつ遊んでいるうちに、できることが増えていく。
新しい職業を知る。
新しい狩場を知る。
今まで倒せなかった敵を倒せるようになる。
ほんの少し前には分からなかったことが、いつの間にか分かるようになっている。
そういう変化は、案外、自分では気づきにくい。
私はまだ、二億ゴールドを貯めていない。
マイタウンも持っていない。
レベル上げの方法も、まだまだ勉強中である。
それでも、始めた頃の私と、今日の私では、きっと何かが違う。
その違いがどれほど小さなものであっても、積み重なっていくのなら、悪くない。
今日は、遊んでよかった
土曜日と日曜日、私はほとんどゲームを遊べなかった。
仕事とは別に予定があり、自由な時間は思うように取れなかった。
だから月曜日に、二十分だけログインした。
二十分しか遊べないのなら、もっと効率のよいことをすればよかったのかもしれない。
金策をすれば、二億ゴールドに少し近づいたかもしれない。
ほかにも、やるべきことはあったのだろう。
けれど私は、経験値を稼ぎに出かけた。
準備が足りず、普通に死んだ。
思ったようにはいかなかった。
それでも、最後には経験値が増えていた。
そして、私は少しだけ、楽しかった。
考えてみれば、私は二億ゴールドを貯めるためだけに、ドラクエ10を遊んでいるわけではない。
マイタウンは欲しい。
二億ゴールドも貯めたい。
けれど、その途中で知らない景色を見たり、強い敵に挑んだり、失敗して笑ったりすることも、冒険の一部なのである。
もし、効率だけを追い求めていたら。
もし、ゴールドが増えない時間をすべて無駄だと考えていたら。
今日の二十分は、何の価値もない時間になっていたかもしれない。
しかし、そうではなかった。
私はノーライフロードの前で倒れた。
経験値を稼いだ。
次に何を準備すればよいかを知った。
そして、また遊びたいと思った。
それだけで、今日は十分だったのかもしれない。
現実の世界では、何かを成し遂げなければならないことが多い。
働いて、用事を済ませ、明日のことを考える。
何もしなければ、何も進まない。
だからこそ、ときどきは、ただ好きな世界で過ごす時間があってもよいのだと思う。
たった二十分。
誰かに話せば、短い時間だと笑われるかもしれない。
しかし、その二十分を楽しみにしていた自分がいる。
その二十分が終わったとき、もう少し遊びたいと思う自分がいる。
そして、次はもう少し上手くやろうと思っている自分がいる。
それならば。
今日、ログインしてよかった。
私はそう思った。
二億ゴールドへの道は、まだまだ長い
本日の成果。
レベル上げ、二十分。
獲得経験値、1,830,984ポイント。
戦闘中の死亡、一回。
準備不足、反省点あり。
二億ゴールドへの進捗、直接的には変化なし。
こうして並べると、なかなか締まらない一日である。
しかし、冒険というものは、いつも立派な成果を残せるわけではない。
遠回りをする日もある。
失敗する日もある。
二十分しか遊べない日もある。
それでも、冒険は続いていく。
私は明日も、仕事をする。
家へ帰り、やることを済ませ、時間があればドラクエ10を起動するだろう。
そして、いつか二億ゴールドを貯める。
マイタウンを買う。
そのとき、今日の二十分を思い出すかもしれない。
あの日は、準備不足で死んだ。
経験値を稼ぎに行ったのに、思ったようにはいかなかった。
それでも、楽しかった。
そう笑える日が来たなら、今日の寄り道にも、きっと意味があったのだろう。
次にノーライフロードへ行くときは、もう少し準備を整えておきたい。
今度こそ、立派な冒険者として戦うのである。
……できれば、死なずに。
――夢幻浪漫。
夢みたいなことを、現実でやってみる。



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