スライムたちの饗宴、そしてランプ錬金という名の労働

リアル社畜、マイタウンを買う。

私は2億Gを貯めようとしている。

マイタウンが欲しいからである。

自分だけの街。好きな景色を作り、好きなものを置き、気が向いたときに帰ってこられる場所。

考えるだけなら、ずいぶん立派な夢である。

問題は、その夢を実現するために必要なゴールドが、まったく立派ではないことだ。

200,000,000G。

数字にすると、現実味が増す。現実味が増したところで、所持金が増えるわけではない。

そこで私は金策を始めた。

ところが、ゴールドを貯めようとすると、思いどおりにいかないこともある。

スライムたちが走る日もあれば、フレンドに助けられる日もある。そして、仕事の疲れに負けて何もできない日もある。

今回は、そんな3日間の記録である。


スライムたちに未来を託す

10月13日。

この日の金策時間は0分。

いきなり企画の根幹が揺らいでいる。

しかし、ゴールドが増えていないわけではない。

先日、私はスライムレースに参加した。

スライムたちが走る。

私は見守る。

彼らが走っている間、私にできることは限られている。声援を送ったところで、それが届いているのかどうかも分からない。

そもそも、スライムレースにおいて私は何者なのだろう。

監督か。あるいは、勝利を期待して画面の前に座っているだけの人間か。

最後の可能性が最も高い。

そんなことを考えているうちに、レースは終わった。

そして、報酬として400,000Gを手に入れた。

ありがたい。

原始獣装備を買うことも、ランプを回すこともなく、スライムたちの健闘によってゴールドが手に入ったのである。

これを金策と呼んでよいのか、少し迷う。

だが、ゴールドが増えたのなら金策である。少なくとも、私のマイタウン計画においては、そういうことにしておきたい。

ただし、ひとつ問題があった。

当時、私はまだブログを始めていなかった。

そのため、レース中の写真を撮っていない。

残っているのは結果画面のスクリーンショットだけである。

記録を残す習慣がなかった人間が、あとから記録を残そうと思い立つと、このようなことになる。

レースがあったことは覚えている。結果も残っている。しかし、スライムたちが走っている姿は、私の記憶の中にしか存在しない。

証拠写真はない。

だが、400,000Gはある。

次からは、彼らの勇姿もきちんと残しておきたい。

彼らが記録を望んでいるかどうかは分からないが、少なくとも私のブログには必要である。

こうして10月13日は、金策時間0分という記録を残しながら、私の所持金を増やして終わった。

働いたのは、私ではない。

少なくとも、ランプは回していない。

10月13日の記録

  • 金策時間:0分
  • 開始時の所持金:6,902,453G
  • 終了時の所持金:7,344,982G
  • 所持金の増減:+442,529G
  • 原始獣装備:0着

スライムレースの報酬は400,000G。

所持金の増加額とは42,529Gの差があるが、何をしたか覚えていない。理由を確認できないため、差額についてはそのまま残しておく。

記録とは、都合のよい数字だけを並べることではない。

そういうことにしておく。


フレンドの親切は、相場よりもありがたい

10月14日。

この日は、ようやくランプ錬金に取り組んだ。

私が選んだ金策は、原始獣装備を購入し、初期錬金を施してバザーに出品するというものだ。

装備を買い、ランプを回し、出品する。

文字にすると、ずいぶん地味な仕事である。

しかし、私の目標は2億Gだ。

目標が大きいからといって、毎日の作業まで壮大になるとは限らない。むしろ、途方もない数字を相手にするなら、地味な作業を積み重ねるほかないのだろう。

そんな私を助けてくれたのが、フレンドだった。

相場より安く、原始獣装備を譲ってもらったのである。

ありがたい。

金策を始めると、どうしても数字ばかりを見るようになる。

いくらで買ったか。いくらで売れるか。利益は出たか。

頭の中に電卓を住まわせ、何かを見るたびに数字へ変換する。

このままでは、いつか人間の親切まで数字で測り始めるのではないか。

この装備は何G安かった。

この親切は何G分の価値があった。

いや、さすがにそれは違う。

安く譲ってもらえたことは、金策として助かる。

けれど、それ以上に、こちらのやろうとしていることを知って手を貸してくれる人がいる。そのことがありがたい。

マイタウンを買うという目標は、私ひとりの計画だ。

それでも、冒険のすべてをひとりで進めなければならないわけではない。

こういうとき、オンラインゲームというものの面白さを感じる。

フレンドは、時間に余裕があるときにモーモンバザーへ装備を並べることもあるらしい。

いつでも利用できるわけではないが、見つけたときにはありがたく利用させてもらおうと思う。

もちろん、それを恒常的な仕入れ先として計算に入れるわけにはいかない。相手にも生活があり、都合があり、自由な時間がある。

私にも仕事があり、家庭の時間がある。

時間のあるときにできることをする。

それは、フレンドにも私にも共通しているのかもしれない。

さて、感謝の気持ちを抱いたところで、現実の作業に戻ろう。

装備を譲ってもらったからには、ランプを回さなければならない。

親切を受けた人間が最初にすべきことは、感謝である。

そして、その次にすべきことは、装備を錬金することである。

少なくとも、この日の私はそう考えた。


ランプ錬金という名の労働

10月14日の金策時間は1時間。

この1時間で、原始獣装備を17着扱った。

17着。

数字だけを見ると、ずいぶん働いたような気がする。

実際に働いたのは1時間なのだが、そこはあまり細かく考えないことにする。人間は、ときどき数字の並び方によって自分の働きぶりを評価したくなる生き物なのだ。

たとえば、1着なら少ない気がする。

17着なら、なんとなく頑張った気がする。

100着なら、急に大きな仕事を成し遂げた気がする。

だが、着数が増えれば利益も増えるとは限らない。

錬金には成功もあれば失敗もある。装備を仕入れるためのゴールドも必要だし、出品した品が売れるまでには時間がかかることもある。

つまり、17着扱ったという事実だけで、金策が成功したと判断することはできない。

大切なのは、最終的に所持金がどうなったかである。

この日の所持金は、7,344,982Gから7,634,956Gになった。

増加額は289,974G。

1時間で、約29万G。

これを大きいと見るか、小さいと見るか。

マイタウンの購入費用である2億Gを基準に考えると、小さい。

しかし、今持っているゴールドを基準に考えれば、決して無視できる金額ではない。

人間は、比較する対象によって物事の見え方が変わる。

2億Gを見れば、29万Gは小さい。

7,344,982Gを見れば、29万Gはありがたい。

そして、仕事から帰ってきて、限られた時間の中でランプを回した人間からすれば、29万Gは十分に喜んでよい数字なのではないだろうか。

私はそう考えることにした。

何しろ、私の金策には制約がある。

仕事がある。家庭の時間もある。

ゲームのために現実を犠牲にするのではなく、現実の暮らしを大切にしながら、その余白でゴールドを貯める。

その方針は、マイタウンを買うと決めたときから変わっていない。

だから、1時間でできることをやる。

できない日は、できない。

そして、できた日には、きちんと記録を残す。

この日は17着。

所持金は+289,974G。

少しずつではあるが、数字は動いている。

ランプ錬金は、夢を現実に変えるための、地味で、細かくて、なかなか終わりの見えない作業だ。

だが、夢というものは、案外そういう作業によって形になっていくのかもしれない。

そう考えると、ランプを回す手にも少しばかり力が入る。

ただし、力を入れすぎて余計な出費をしては意味がない。

そこは冷静にいきたい。

2億Gへの道は、まだ始まったばかりなのだから。

10月14日の記録

  • 金策時間:1時間
  • 開始時の所持金:7,344,982G
  • 終了時の所持金:7,634,956G
  • 所持金の増減:+289,974G
  • 原始獣装備:17着

何もしない日にも、記録は残る

10月15日。

金策時間は0分。

原始獣装備は0着。

所持金の増減も0G。

何もしていない。

この日の私は、仕事の疲れが限界に達していた。

ゲームを起動して、装備を買い、ランプを回し、出品する。

普段なら、そうした作業を少しでも進めようと考えるところだ。

しかし、疲れているときには、その「少し」が遠い。

たった1着の装備を扱うことすら、途方もない仕事のように思えてくる。

ランプ錬金をするには、まずゲームを起動しなければならない。

ゲームを起動するには、パソコンの前に座らなければならない。

パソコンの前に座るには、布団から出なければならない。

そして、私の目の前には布団がある。

布団は何も言わない。

金策をしろとも言わないし、2億Gを貯めろとも言わない。

ただ、そこにある。

人間に休息を与えるという、極めて重要な役割を担っている。

一方、私のマイタウン計画は、布団の中では1Gも進まない。

これは困ったことである。

だが、布団に入って休むこと自体は悪いことではない。仕事も家庭もある生活の中で、毎日必ずゲームをするという前提に無理があるのだ。

無理をして続けられなくなるより、休んで、また次の日に動けるほうがいい。

私はそう判断した。

そして、布団に入った。

敗北である。

ただし、これは撤退ではない。

戦略的休養である。

この2つは似ているようで、気持ちの上ではずいぶん違う。

もっとも、布団の中でそのような理屈を並べている時点で、私はすでに十分休んでいたのかもしれない。

10月15日の金策は、何も進まなかった。

それでも、記録には残しておく。

金策をした日だけを記録していれば、計画はずいぶん立派に見えるだろう。

しかし、実際の生活はそうではない。

仕事に追われる日もある。

疲れて何もできない日もある。

それでも、また時間ができれば冒険に戻ってくる。

私が記録したいのは、都合のよい成功だけではない。

2億Gを目指している、ひとりの冒険者の現実そのものなのだから。

10月15日の記録

  • 金策時間:0分
  • 開始時の所持金:7,634,956G
  • 終了時の所持金:7,634,956G
  • 所持金の増減:0G
  • 原始獣装備:0着

ゴールドだけでは測れないもの

こうして3日間を振り返ると、ずいぶん賑やかな金策だったように思う。

スライムたちは走った。

フレンドは助けてくれた。

私はランプを回した。

そして、疲れた日は布団に敗北した。

2億Gを貯めるという目標だけを見れば、やるべきことは明確だ。

ゴールドを増やす。

無駄な出費を減らす。

金策に使える時間を見つける。

それを繰り返す。

実に単純である。

単純なのだが、現実にはスライムが走り、フレンドが装備を譲ってくれ、仕事の疲れで布団から出られなくなる。

計画というものは、たいてい予定どおりには進まない。

しかし、予定どおりに進まなかったからといって、その日が無意味になるわけではないのだろう。

スライムレースの報酬は、所持金を増やしてくれた。

フレンドから譲ってもらった装備は、金策を進める助けになった。

ランプを回した1時間は、実際にゴールドを増やしてくれた。

そして、何もしなかった日は、次の日も続けていくために休む時間になった。

どれも、私のマイタウン計画の一部である。

金策を始めたとき、私が欲しかったのはマイタウンだった。

今もそれは変わらない。

ただ、こうして冒険の記録を残していると、ゴールドを貯めるだけでは見落としてしまう出来事まで、少しずつ大切なものになっていく。

スライムたちの健闘も、フレンドの親切も、布団に敗北した夜でさえ、いつか笑って振り返れる日が来るのかもしれない。

もちろん、布団には次こそ勝ちたい。

2億Gへの道は、まだまだ長い。

だが、長い道のりなら、道中の出来事もたっぷり楽しめるというものだ。

そう考えることにした。

どうせ貯めるなら、ゴールドだけでなく、語れる冒険も増やしていこう。

まずは次の目標、800万G。

現在の所持金は7,634,956G。

あと365,044Gである。

スライムたちに走ってもらうのか。

ランプを回すのか。

それとも、布団との再戦が先になるのか。

できれば次回は、もう少し計画的に進めたい。

そして、次のスライムレースでは、走っている姿もきちんと記録しておこうと思う。

彼らの名誉のためにも。

私のブログのためにも。

何より、あとから自分で読み返したときに、「本当に走っていたのだろうか」と疑わずに済むように。

2億Gへの道は、まだまだ長い。

まずは800万Gを目指して、今日もできることを積み重ねていこう。

そして本日、アストルティアはVer.8.1へ。

新しい冒険も気になるところだが、私にはまず、目の前の8,000,000Gという目標がある。

世界が新しくなっても、ランプを回す仕事は続くのである。

……ストーリーも、少しずつ進めたいところではある。

――夢幻浪漫。

夢みたいなことを、現実でやってみる。

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